愛媛・道後温泉の旅
2003年11月9,10の両日、前から一度浸かりたかった愛媛、道後温泉を訪れた。
歴史は古く、万葉の時代からの名泉として名高いだけに、その湯には期待した。事実、同じ四国の祖谷温泉には堪能できただけに、名泉として有名な道後には期待するのがあたりまえだろう。
神戸から明石大橋を超えると、鳴門大橋を渡る。さらに超えると四国へ。鳴門のインターチェンジで検札すると、すぐに高松道につながる。なんと、この日は、四国内の高速道路を2日間乗り放題6000円という素晴らしい企画がなされていた。四国に観光客を呼ぼう、というアイデアだ。道路の空き具合をみると、この企画は素晴らしいといえる。しかし、私は無知のなせる業、このサービスチケットを、高松の津田の松原で買ってしまった。本来なら、鳴門で一旦出て、そこから四国の高速道路が始まるという規定なのに、それを知らずに、津田で買い、さらに案内の女性の話を真に受けて、「次の出口で事情を話してください」という指示を信じてしまった。(涙)「じゃあ、讃岐うどんを食べよう」と思い、とりあえず高松まで行って、出た。すると、鳴門から高松までの料金を払わされた。(涙)なんのための「乗り放題」か....。しかし、高速道路が赤字とか、それならカンパしなくちゃ、と思い直した。
そして、時間があったら行こうと思い、一路金毘羅さんへ。というより、あのシコシコ感を味わいに、讃岐うどんへ走った。善通寺の出口の係員に聞くと、「どこもこの辺のうどんはうまい。わかりやすいのは、看板が出てる『一屋』だ」という。それならば、と一屋をめざした。

丸亀にある一屋さんは、セルフサービスの店で、めんは硬めで、しこしこ感がある。具はセルフで自分で選ぶ。店は繁盛していて、地元の常連さんでにぎわっていた。

この日食べた品。600円弱。味噌のたれをかけたおでんがうまい。腹いっぱい、というった感じ。満腹だったから、面は玉で十分だった。なんと2玉にしてしまった。(笑)なお、地元の人は、肉うどんだった。300円ほどで腹いっぱい食べていた。さすが、讃岐うどんの待ち、みんなうどんが好きらしい。
そして、車は一路愛媛へ!1時間半くらいだっただろうか、松山に着いた。思ったより小さな町だ。
その日は、雨がやんだこともあり、砥部焼の里を訪れることにした。

町外れに砥部の里はある。車で15分くらいだろう。最初に寄ったのは、砥部焼伝統産業会館だった。表札もすべて砥部焼きだった。この会館をのぞけば、砥部焼の主な作家の作品と出会える。詳しくは焼き物の旅にゆだねるが、すばらしい作品と出合えた。とりわけ、会館の前にあるJAに飾られた陶板は立派だった。

そのまま砥部の里を散策した。地酒の館や陶祖.杉野丈助の碑がった。そして、砥部の歴史を飾った壁もあり、趣があった。
砥部の里

そして、近くの観光センターへ行ってみた。こういう店にはあまり興味を抱かないが、登り窯があったので、見たくなって立ち寄ってみた。別段変わったところだなかった。でも、最近は公害の問題で、ほとんどが灯油やガスで焼いている。

聞けば、砥部焼の里は、もっと置くに点在しているとか。そこで、山を目指して車を走らせた。そして偶然にも見かけたのは、砥部の天然記念物「衝上断層」だった。川に沿ってあった。

自然の驚異だ。我々は、阪神大震災を経験しtが、自然のうねりの中で我々人間は生かせてもらっている。この断層ができたとき、人間、生物、動物はどう対処したんだろう。そんなことをふと思った。
車を走らせ、20分くらいだろうか、水車を探した。昔は、7軒ほどあったそうだが、今ではこの1軒になってしまったそうだ。しかも、もう水車は動いてなかった。川の動力を使わなくてもよくなったからだろう。小屋も朽ちていた。

さて、窯元探しで車を走らせていたとき、目に入るのは、当然みかん畑だ。11月の初旬といえば、早稲みかんの収穫の頃だった。そして、ここでは、伊予柑を見かけた。まだ少し収穫には早かった。
みかん農家の様子
詳しい砥部焼の旅は、焼き物の旅に譲るとして、夕方になり、雨もやんだこともあって、旅館へ急いだ。道後館という黒田紀章さんの設計という。しかし、正直言って、心を打たなかった。人によって感じ方が違うだろうが。

まだ新しく、よく整備されていたが、風呂がいけない。きれいだし、それはそれでいいだろう。しかし、私の求めていたのは、道後のヌルヌル感のある湯。それが感じられなかった。雑菌を消毒するための塩素のにおいもあった。もちろん飲めない。私はこういう「飲めない」湯は信じない。かけ流しの温泉、循環していない温泉は絶対と言ってよいほど「飲めません」とは表示されていない。だから、この宿にはよい印象を待たなかった。しかし、それは私だけの勝手な判断だが。
しかし、夕食はよかった。お腹一杯で、満足だった。

美味しさ格別で、おすすめだ。けなした後は、しっかりフォローするのは、商売柄か......。????ちなみに、朝食も美味しかった。

窓からみる松山の町
そこで、湯の不満を解消しようと、有名な道後温泉本館へ行った。歴史を感じさせる風格ある建物、漱石の時代からの木造3階建の会館。木造を見るとほっとするのは、木造校舎で過ごした経験のある世代の共通した感慨だろうか。道後温泉は日本書紀にも紹介されているそうで、最古の温泉らしい。本館の振鷺閣(しんろかく)は毎朝6時に太鼓の音がなり、開館を告げるらしい。入場料は300円で、特別室を利用すれば、ゆったりとした時間が過ごせるとか。館内には「神(かみ)の湯」、「霊(たま)の湯」などがあった。

いわば公衆浴場だが、ここへ来てやっと道後の湯にめぐり合えた気がした。ややヌルヌル感があって、さすが道後ってきになった。もちろんかけ流しで、「飲めません」なんて野暮な表示はなかった。(たぶん)。いい湯だった。それに、安い!!300円。ちなみに、翌朝、もう一つの公衆浴場である「椿の湯」もいったが、ここも300円。湯もよい!!しかも新しい建物できれいだった。情緒はなんといっても道後温泉本館だが。
湯上りに、本館前の通りに出た。湯上りの客でにぎわっている。

おいしそうなしょうゆの焼けた匂い、そして地元の「道後ビール」、なにもかも湯上りには美味しい。こんなとき、一瞬でも「生きててよかった」などと思う。
足湯
すごいなと感心したのは、どのホテルにも足湯をおいて、観光客に自由に開放している。なかなかの配慮だ。
翌朝、また本館と椿の湯につかりに出かけた。さすがにダブルヘッダーには体力がないので、椿の湯だけにした。そこで見た本館は、夜とはまた違った風情だった。

映画「千と千尋の神隠し」の舞台のイメージはこの本館だったらしい。そんな風格は確かにある。まさに文化遺産だ。日本はヨーロッパのような石の文化というより、やはり木の文化がふさわしい。温暖多湿だから。木を否定してはならない、そう思った。
椿の湯につかって、いい時間を過ごした後、歩いて3分の道後温泉駅へ行った。有名な「ぼっちゃん電車」が待っていた。市内を走るらしい。乗らなかったが。

なにかの撮影も行われていた。小さな駅舎だ。昔、土佐の中村へ幸徳秋水の研究で資料集めのために四国へ来たが、その際、面河渓には行ったが、道後には行かなかったから、検分は広がったような気がする。やはり、どんなことでも経験が大切だ。これを見た人でも、行ってみないと道後の湯はわからない。ちなみに、透明で、臭いはかすかにあるがあまり感じない。ヌルヌル感は、祖谷の方がよい。
さて、この後、伊予絣が有名なんで、私の作務衣(さむえ)を探しに、かすり会館へいったが、あまり収穫はなかった。結局、温泉本館近くのお土産屋さんにもどって、買った。まあまあのもので、15000円だった。絣じゃこの値段は仕方ない。
つづいて、車を走らせ、内子へ。古い町並みに会いに。ところが、ここでトラブル。カーナビを頼りに行ったが、なかなか高速を指示してくれなかった。結局、大雨の中、地道を走った。なんと、カーナビの情報が古くて、高速の情報が入ってなかった。1時間以上の損失だった。高速乗り放題なのに。
内子は、松山から西へ向かうとある。八幡浜方面だ。
古い町並み
内子のよさは、町並みと手作りの店だ。しゅろで作った道具や、唐傘がすばらしい。ろうそくの店もよいそうだが、この日は休みだった。

そして、もっとおすすめは、内子座だ。はるか大正期の劇場。今も現役なのがうれしい。ここで講演や、演劇もいいだろう。愛媛はまさに木造の文化の歴史が漂っているようだ。

こうして1泊2日の道後温泉の旅を終えた。古い文化は、人間をノスタルジアの世界へ誘い、心を穏やかにさせる。
| SEO | [PR] カード比較 花 冷え対策 温泉宿 | 動画無料レンタルサーバー SEO | |